茅野で田舎暮らしを満喫。想像以上に快適です!
- 久村 周一(ひさむら・しゅういち)さん
- 移住歴:2016年3月 東京都→茅野市
- 家族構成:奥様と2人のお子さんの4人暮らし
- 職業:建築設計事務所勤務
久村さんは東京生まれの東京育ち。大学卒業後、設計事務所や化粧品ブランドの店舗プランニングなど空間デザインの仕事に就いていました。
東日本大震災をきっかけに家族のこれからの暮らしを見つめ直すようになり、大分県出身の奥様も田舎暮らしに賛成していたこともあって移住活動を始め、2016年3月から茅野市に移住。茅野市内の建築設計事務所に勤務し、現在は「納得住宅 南信州」統括部長。プランニングから土地探し、資金計画まで幅広く家づくりをサポートする住宅コンシェルジュとして活躍しています。(2019年12月取材)
移住のきっかけ
2011年、東日本大震災を東京で体験。インフラが止まったら暮らしていけない東京の現状を痛感しました。
その時に「食とエネルギーを自給自足できる、地に足のついた暮らしがしたい」と感じて移住を考えるようになりました。
母が長野県の出身でお盆やお正月に行っていたこともあり、長野県を中心に移住先を検討し、中でも東京から近い諏訪エリアの移住現地見学会に参加。
長野県内いろいろな地域も見て回りましたが、その時泊まったペンションのオーナーがたまたま移住者で、田舎暮らしやその地域の魅力についていろいろ話を聞かせてもらい、人の縁ができたことが地域を決める上で大きかったです。
茅野市に決めた理由
移住先を「諏訪エリア」に絞ったあと最終的に茅野市にしたのは、市内の会社に就職が決まったからです。それからすぐに住まいを探し、偶然にも戸建ての借家が見つかりましたが、そこは美しい八ヶ岳を間近に眺められるのにスーパーまで歩いて5分、通勤も車で15分の便利な立地。大家さんから隣の畑を使わせてもらえるおまけもついて、理想的な田舎暮らしをスタートできました。
茅野市は自然環境と利便性のバランスがとても良い上に、茅野駅は特急が停まる事もあり新宿まで電車で2時間ちょっと、車でも2時間30分と首都圏へのアクセスも抜群です。東京育ちで実家との行き来もある自分には、そこも茅野の大きな魅力でした。
住んですっかり気に入ったその場所で、畑を挟んで隣に運良く売地が出たため土地を購入。240坪もの見晴らしの良い土地が1,000万円もしないで買えてしまったんです。首都圏と比べると諏訪エリアはどこでも破格値ですが、中でも茅野市は利便性が良くて広々した土地が手頃な値段で手に入るので、これもまた一つ茅野市の魅力ですね。
結局その土地に30坪の平屋を建てたのですが、建築士の父にアドバイスを受けながら自分で設計し、勤めている会社で工事をお願いしました。薪ストーブの暖かさに包まれながら八ヶ岳の山並みを眺めて暮らせる理想の住まいになりました。
最近は休日に玄関アプローチなどの庭づくりをしたり、薪割りをしたりして、暮らしそのものを楽しんでいます。
暮らしてみて思うこと
茅野市は首都圏からのアクセスが良く、八ヶ岳の玄関口として観光客で賑わい、別荘族や移住者も多いためか地元の方々も移住者に寛容で、自然と地域に馴染めました。
また都会にいた頃と比べて人が少ない分、地域や会社での自分の立ち位置が大きくなったと感じています。必要とされているという実感があり、公私共に充実した生活を楽しんでいます。
お気に入り
何と言っても炎のある暮らしです。
薪ストーブの火を家族で眺めていると、本当に暖かな気持ちになります。
移住を考えている方へのアドバイス
田舎暮らしは本当におすすめです。水も空気も野菜も美味しく、ゆとりある暮らしを送れます。
東京にいた頃は1時間だった通勤時間も15分になり、とても楽になりました。住宅の仕事をやっているので特に感じますが、サラリーマンでも単独ローンで戸建ての新築を建てられるので夢がありますね。首都圏ではマンションか、よくて郊外の建売が精一杯だったと思います。
思い返すと移住の決断は勇気と勢いが必要でした。ただ、いざ移住したいと考えても毎日の生活に流されてしまうので、リミットを作ると良いと思います。私の場合はそれが子供たちの小学校・保育園に上がるタイミングでした。
一番大変なのは仕事探しだと思います。移住しても仕事が占める時間はそれなりに多いので、自分にとってやりがいのある仕事を探すことがとても重要だと思います。自分の住む町で仕事ができること自体東京では考えられなかったですが、その仕事が地域に根ざしていると自然に自分の暮らしと結びついて、生活全体が充実します。これもひとつのワークライフバランスですね。